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仙台地方裁判所 昭和41年(レ)15号 判決 1967年10月05日

控訴人 吾妻和彦

右訴訟代理人弁護士 稲村良平

被控訴人 合資会社 かぶとや

右代表者代表社員 甲矢勝也

右訴訟代理人弁護士 佐藤達夫

右訴訟復代理人弁護士 佐藤和夫

主文

原判決を取消す。

本件を登米簡易裁判所に差戻す。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金八五、〇〇〇円とこれに対する昭和三八年一月一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、請求原因を次のとおり述べた。

「被控訴人は、金額八五、〇〇〇円、満期昭和三七年一二月三一日、振出地、支払地ともに登米郡東和町錦織、支払場所被控訴人会社、振出日昭和三七年六月一二日、と記載のある受取人欄白地の約束手形一通(以下新手形という)を振出し、控訴人はこの手形を所持している。控訴人は、右手形を満期に支払場所に呈示したが、その支払を得られなかった。よって被控訴人に対し、右手形金八五、〇〇〇円とこれに対する支払呈示の日の翌日である昭和三八年一月一日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による損害金の支払を求める。

なお、新手形振出しの事情とこの手形上の受取人欄、第一裏書欄があとで補充された関係は次のとおりである。すなわち、被控訴人は、訴外板橋虎三郎に対し、金額八五、〇〇〇円、満期昭和三七年一月一七日、振出地東和町錦織、支払地迫町佐沼、支払場所株式会社七十七銀行佐沼支店、振出日昭和三六年一一月一〇日、と記載のある受取人欄白地の約束手形一通(以下旧手形という)を振出した。そして右板橋は、旧手形表示の振出日ころ、控訴人の実父訴外吾妻浩一に対し同手形の割引を依頼し、浩一はこれを引受けたが、その際宮城第一信用金庫から右約手の割引を受けるために、裏書人名義を同金庫に取引口座を有する者と一致させる必要があったので、従来浩一が取引にあたって使用していた「株式会社菅原商会仙台出張所吾妻和彦」なる控訴人の名義を使用し、受取人欄に「菅原商会仙台出張所」と記入し、第一裏書人欄に「株式会社菅原商会仙台出張所吾妻和彦」の記名印と控訴人の印章を押捺し、前記金庫に同手形を裏書きした。

ところで右手形は満期に不渡となったのでそのころ控訴人名義で支払命令を申立てたところ、被控訴人から懇請があり、浩一において延期手形として前記新手形を受取るとともに、旧手形を被控訴人に返戻したのである。そして、新手形の受取人欄は白地であったが、本件訴訟中原判決言渡直前に浩一において旧手形にならって「菅原商会仙台出張所」と補充したところ、これと控訴人との同一性がさらに問題とされたので、そのころ浩一において、株式会社菅原商会から控訴人個人に裏書きされた旨記載したのであるが、これはいずれも錯誤に基くものである。」

被控訴代理人は、本案前の答弁として「本件訴を却下する。」との判決を求め、その理由として「本件訴の控訴人(原告)は、吾妻和彦とみるべきところ、当審において証人吾妻浩一を取調べた結果、訴外吾妻浩一が和彦と称して第一、二審を通じて原告本人、控訴人本人として訴訟手続に関与していたことが判明した。

よって本訴は吾妻和彦本人が提起したものでないから、これ以上訴訟手続を進行させるべきではない。」と述べ、本案につき「本件控訴を棄却する。」との判決を求め、本案に対する答弁ならびに抗弁として、次のとおり述べた。

「被控訴人が控訴人主張の記載のある新手形を振出したことは認めるが、その受取人は訴外株式会社菅原商会である。すなわち、被控訴人は、控訴人主張の旧手形を右訴外会社に振出したのであるが、これは被控訴人が昭和三六年一〇月二三日訴外会社からタンカル製造用機械のうち、粉砕機(デスグライダー)と微粉機(チューブボールミル)の各中古品を買受けることになり、訴外会社の申出によって右のうち微粉機の代金二三五、〇〇〇円の内金として旧手形を訴外会社に振出したのに、その後同会社は約束の微粉機を被控訴人に提供しなかった。控訴人主張の板橋虎三郎は右訴外会社の従業員として旧手形を受取ったにすぎない。その後、被控訴人は訴外会社と話合いのうえ、微粉機引渡の時期を新手形の満期と約して新手形を訴外会社宛振出すとともに、旧手形の返還をうけた。その際微粉機を約旨の期限に引渡さない場合には売買契約を解除するとともに新手形上の債務も消滅する旨約したが、訴外会社は期日である昭和三七年一二月三一日に機械の引渡しをしなかったから、被控訴人は新手形上の債務を負うわけがない。

以上の次第であるから、本件新手形の受取人は訴外会社であり、控訴人は同会社の代表資格を有するものではないから、同人の本訴請求は失当であり、仮りに控訴人が新手形の正当な所持人であるとしても、先に述べたような原因関係上の債務がすでに消滅している以上本訴請求は棄却さるべきである。」

証拠 ≪省略≫

理由

本件訴訟の当事者である控訴人(原告)は、第一、二審を通じて吾妻和彦であるとみるべきところ、本件記録によれば原審の各口頭弁論期日には右和彦本人が出頭して訴訟行為をなしたことになっており、また当審第一ないし第三回口頭弁論期日にも右和彦本人が各出頭したことになっており、当審第四回口頭弁論期日以降は、同人から適式の委任を受けた控訴代理人が出頭したことになっている事実は、当裁判所に顕著な事実である。

ところが、≪証拠省略≫と弁論の全趣旨によれば、原審第一回口頭弁論期日以来原告または控訴人本人として各口頭弁論期日に出頭して弁論をなし、あるいはその他の訴訟行為をなした者は、実は当事者である吾妻和彦ではなく、その父である訴外吾妻浩一であったこと、当審にいたって控訴代理人を委任したのも和彦ではなく浩一が和彦の名義でなしたこと、しかも浩一は本件約束手形上の権利が和彦に帰属することを前提として本件訴訟手続に関与してきたこと、以上の事実が認められる。

そうだとすると、訴状あるいは支払命令申立書の提出行為が使者によっても有効になしうることは別として、それ以降の原審および当審におけるすべての訴訟手続は、吾妻和彦本人あるいはこれから適式の委任を受けた訴訟代理人によって追行されなかった点で、いわゆる氏名冒用訴訟に当り、無効であるといわなければならない。したがって、その余の判断をするまでもなく、この点を看過した原判決には重大な訴訟手続の法令違背があり、取消しを免れない。しかし、前記≪証拠省略≫によれば、支払命令の申立自体は吾妻和彦本人の意思に従ってなされたと認められるふしもあり、いまただちに本訴請求を却下するのは相当でないと考えられ、真正な当事者によって事件につき第一審訴訟手続の当初にたちかえって、なお弁論をなさしめる余地があるから、民事訴訟法三八七条、三八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺泰敏 裁判官 和田保 鈴木一美)

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